未来の巨大市場
サブサハラアフリ
進出

近年、サブサハラアフリカにおける
阪急阪神エクスプレスの存在感が高まりつつある。

その背景にあるのが、
足かけ10年にも及ぶアフリカ進出プロジェクトだ。

どのように阪急阪神エクスプレスが
未開だったアフリカを開拓していったのか。

同プロジェクトの中心メンバーとして、

アフリカビジネスの足がかりを築いた森河にその歩みを聞いた。

未来の巨大市場
サブサハラアフリ進出

近年、サブサハラアフリカにおける阪急阪神エクスプレスの存在感が高まりつつある。その背景にあるのが、足かけ10年にも及ぶアフリカ進出プロジェクトだ。どのように阪急阪神エクスプレスが未開だったアフリカを開拓していったのか。同プロジェクトの中心メンバーとして、アフリカビジネスの足がかりを築いた森河にその歩みを聞いた。

JUN MORIKAWA
  • NAME:
    森河 淳
  • DEPARTMENT:
    グローバルセールス
  • JOINED YEAR:
    2011年経験者入社
※内容は取材当時のものです

大学卒業後、物流会社に入社。マレーシアやタイ、インドへの駐在後、エンジニアリング会社へ転職し、資源開発プラントの建設などに携わる。阪急阪神エクスプレスに入社してからは、メキシコやブラジルの拠点開設を担当している。

CHAPTER 1

新天地旗を立

アフリカ、特にサハラ砂漠以南のサブサハラアフリカ地域は1980年代以降、世界最速で人口が増加しており、2100年には34億人を超える人口爆発が予測されている。また、域内移動の自由化や通貨の統一などによって単一市場創設を目指す「アフリカ大陸自由貿易圏」も2021年1月から運用が始まるなど、ビジネスにおいてあらゆる可能性を秘めたエリアである。しかし、2013年当時、グローバルに物流ビジネスを展開している阪急阪神エクスプレスにとって、アフリカは未開の地だった。

「アフリカに進出している日系企業は少なく、ライバルである日系の大手フォワーダーの進出も限定的だったため、このタイミングで当社がサブサハラアフリカへ進出できれば先行者利益が期待できたのです」

また、阪急阪神エクスプレスがさらなる成長を実現するためには、「外資系企業との取引拡大」が必要不可欠な状況であり、その点においてもアフリカは魅力的な市場だった。

「日系企業にとってアフリカはフロンティアのように語られますが、欧米企業にとっては数十年、数百年前から主要なビジネスエリアの一つとなっており、数多くの外資系企業が進出しています。そこには当然、物流ニーズも生まれるため、外資系企業との取引を広げるには、絶好のエリアでした」

阪急阪神エクスプレスにとって魅力的な新市場を開拓する――その可能性を探るため、2013年、森河は単身でアフリカに乗り込んだのだった。

CHAPTER 2

大陸を飛び1年間

アフリカへの赴任後、森河は現地の市場調査を行いながら、パートナー企業を見つけることに奔走した。なぜなら、アフリカで物流ビジネスを展開するには乗り越えなければならない現地特有の課題があったからだ。経済力でも人の数においても大国である南アフリカですら人口は5000~6000万人程度しかおらず、1国から発生する物流ニーズだけでは大きなビジネスは期待できなかった。そのため、アフリカ大陸の東に位置するケニアや西のナイジェリアなどサブサハラアフリカ地域を面で押さえる必要があったのだ。

「自社で一からアフリカ内の物流ネットワークを構築するには、時間的にも、資金的にも、難しい状況でした。そのため、アフリカ内の物流ニーズに広く対応できる会社、かつ当社とビジネスエリアがかぶらずシナジーを生みやすい会社とアライアンスを組む道を探りました」

とは言え、アフリカに強力な繋がりや伝手があるわけではない。そこで、森河はアフリカのめぼしい物流会社をピックアップし、手当たり次第訪問していくことにした。その中で、欧米やアジア、南米などで物流事業を展開する阪急阪神エクスプレスに興味を持ってくれる会社もあったが、素っ気ない態度であしらわれることも。その道のりは、決して平坦なものではなかった。

「何の役職もない34歳の若造が突然やってきて、『私たちと業務提携しましょう』と言っても、簡単に信用してもらえるわけがありません。アポイントを取ろうと電話しても相手にされず、飛び込み営業のように訪ねたら門前払いされたことも多くありました」

当時、アフリカに事務所を構えているわけではなかったため、森河は出張ベースで何度もアフリカへ飛び、ホテル暮らしをしながら約1年間サブサハラアフリカ中を走り回り続けた。その結果見つけたのが、ヨハネスブルクに本社、ケニアとウガンダに支社を構える「Intraspeed(イントラスピード)社」だった。

CHAPTER 3

相手に添いだ信頼

Intraspeed社は、早くからアフリカ内に物流ネットワークを構築し、欧米の企業を相手にアフリカでは常に上位に入る輸送量を確保していた。一方で、アフリカ以外には進出しておらず、阪急阪神エクスプレスと事業エリアが重複することもない。そうした背景から、「ここしかない!」と思った森河は、経営者に何度もコンタクトを取り、阪急阪神エクスプレスのことや両社がアライアンスを組むことで生まれるメリット、そして何よりも一緒に成長していきたいという熱意を必死に訴えかけた。

「何度も顔を合わせるうちにプライベートの話もできるようになっていきました。その結果、グローバルネットワークがないためアフリカ外の案件を獲得できないなど、経営課題にまで踏み込んで打ち明けてくれるような関係性になったのです。そこで、当社がアフリカの港まで貨物を運び、アフリカ内への輸送をIntraspeed社に依頼することはできないかなど、具体的な提案も行いながら信頼関係を構築していきました」

そうした森河の熱意や誠実な姿勢が実を結び、2014年に業務提携を締結。Intraspeed社が本社を構えるヨハネスブルクに現地事務所を開設することになった。さらに、森河が営業責任者となり、日系大手企業の輸送案件を獲得するなど、経営陣との信頼関係を深めたことで、2018年にM&Aが実現する。

「アフリカ市場における有力なフォワーダーであるIntraspeed社には、他社からも買収の話が来ていました。しかし、自社の利益しか考えず、アフリカ内の物流ネットワークや知見を手に入れたいだけの会社からの誘いはすべて断っていたのです。そのため、できる限り当社を信頼してもらえるよう、常にお互いが成長するための道筋を模索し続けました。今振り返ると、そうした相手に寄り添った姿勢がM&Aの実現に繋がったと感じます」

CHAPTER 4

逆風を追風に

M&Aの実現後、森河は新たにアフリカへ着任したファイナンス担当者とともに経営や業務統合はもちろん、従業員の意識改善にも取り組むことに。南アフリカではインフレが続いており、年に5~10%程度物価が上昇していたが、M&A前はインフレ相当分を給与に反映できていなかった。そうした状況を受け、給与の改訂やボーナスの支給など、少しでも社員の不安を取り除けるように労働条件の見直しを行った。

「私たちは会社を奪いにきたわけではない――そんな想いを経営陣だけでなく、現場で働く従業員に伝える手段としても、給与面の改善は不可欠でした。ただ、賃上げを行うためには、当然ながら業績を伸ばさなくてはいけません。そのため、新規案件の獲得にも全力で取り組みました。M&Aを行ってから1年ほどは、会社を安定させることに必死でした」

しかし、ようやく業績が安定してきたタイミングで、新型コロナウイルスが世界中を襲った。南アフリカはロックダウンに踏み切り、国内の経済は停滞。Intraspeed社の売上も大きく減少し、アフリカ進出失敗の危機に追い込まれてしまったのだ。

「ロックダウンで在アフリカの主要日系企業は各社退避しているので、会社からは帰国するのも残るのも私たちの判断に任せると言われました。そのため、Intraspeed社の経営陣と今後どうするべきか話し合いを重ねました。その中ではっきりしたのは、私たちが帰国したらIntraspeed社の経営がもたないということ。そのため、私たちは日本に帰国せず、現地に留まる決断を下しました」

同業他社では給料の未払いやリストラが相次いでおり、従業員たちはパニックに陥っていた。しかし、森河らはその状況から逃げずにしっかりと向き合って、従業員たちと一緒になって汗をかき、給与カットもリストラもせずに難局を打開。なんとかコロナ禍を乗りきり、その後過去最高益も達成した。

「数か月の危機を乗り越えた後、従業員から『ありがとう』と言ってもらった時は本当に嬉しかったです。従業員の信頼を掴むことができたことに安堵しました」

その後、駐在員として新たに2名のアフリカ派遣が決まった。くしくも、そのうち一人は森河が南アフリカの駐在事務所へ着任した時の年齢と同じ34歳だった。

「人に対するリスペクトや相手を大切にする気持ちさえ忘れなければ、経営陣を含め、Intraspeed社の人々は私たちの期待に応えてくれます。アフリカにおける阪急阪神エクスプレスのプレゼンスをゆるぎないものへと高めるべく、若い二人には頑張ってほしいですね」

森河が切り拓いたアフリカという新たなフィールドで、いかにビジネスを拡大できるか。阪急阪神エクスプレスにとっての、本当の戦いはこれからなのかもしれない。